読んだのは10年くらい前だけど、この作者の「門外不出 探偵家族の事件ファイル」は、ユーモア系のコージーミステリーにしてはあまり笑いどころがなくていまひとつだった覚えがある。この新作は以前とは作風の違うシリアスなサスペンスで面白そうだから読んでみた。
謎めいた過去を持つヒロインが次々と名前や外見を変えながら逃亡するストーリーは緊張感があって良かった。用意周到に逃亡しているわけではなく、どちらかというと素人が行き当たりばったりで行動している感じなので危なっかしくてハラハラさせられた。彼女の過去は最後のほうまで明らかにならないので、謎に引っ張られてどんどんページをめくってしまう。所々に、昔恋人だったらしい男性とのメールのやりとりが挟まれていて、(どうやら彼に裏切られたらしい)裏切られても彼のことを忘れられずにいるヒロインの切ない心の内が垣間見られた。
逃亡を余儀なくされたヒロインは、根は善良だけど逃亡中にやむを得ず犯罪を犯していて、いつの間にか本物の犯罪者になっている自分に気付くのだけれど、そういう葛藤の部分は割とさらっと流していて、精神面の描き込みがやや浅いところがちょっと惜しいかな。次々と別人になりすましているうちに善と悪の境界も曖昧になってきて、本当の自分を見失ってしまったヒロインの複雑な感情をもっと掘り下げたらより深みのあるキャラクターになったんじゃないかな。似たような逃亡ものでも、最近読んだ「プエルトリコ行き477便」は、キャラクターの人生をしっかり描いていて読者に訴えるものがあったと思う。
ややご都合主義で説得力に欠けるところはあるけれど、最終的に真実が明らかになり悪人は罰を受けることになって溜飲が下がったし、エピローグには希望も感じられて良かった。傑作とは言わないけれど、割とおすすめのサスペンスだと思う。
帯の宣伝文句に「わきまえない女」のミステリと書いてあって、翻訳者のあとがきにもジェンダーやフェミニズムがどうのと書いてあったけど、内容的には不幸にも逃亡生活を送ることになってしまった女性の人生を描いたストーリーで、ツイッターのトレンドに乗じて、この作品をジェンダー論に結び付けるのはちょっと強引じゃないかな。