この作者のダブリン殺人課シリーズ(→悪意の森、道化の館)を以前読んで、かなり独特な作風に面食らったけれど、この最新作は違う作家が書いたのかと思うほど作風が変わっていた。円熟味を増して風格みたいなものが感じられ、上手いのは確かだけど、私は心理描写が多すぎてまどろっこしくても、主人公がウジウジしすぎでも、ダブリン殺人課シリーズの若い捜査官達の青春もののような雰囲気が好きだったので、この変化はちょっと残念だった。
アラフィフのアメリカ人警察官が、奥さんに離婚され仕事も辞めて、心機一転アイルランドの田舎に移り住み地元の人たちと交流するうちに、失踪人の捜査をすることになるというストーリーで、出版社の「重厚な犯罪小説」という宣伝文句とは少し違い、ミステリーの要素は少なめで、田舎の閉鎖的な社会に住む人々の人間模様や、警官として長く勤め仕事に対する意欲を失くしてしまった主人公が人生を見つめ直したりといった人間ドラマの割合がかなり多い。主人公は元警官とはいえアイルランドではただの民間人だから派手な捜査をするわけでもなく、かなり地味でスローな展開のミステリーなので、ハラハラドキドキのサスペンスを期待すると肩透かしだと思う。やや純文学寄りで、批評家が絶賛しそうな作品なので、そういうのが好きな人には良いかと。
日本語の「捜索者」というタイトルだと、失踪人を捜す人という限定的な意味に捉えてしまうけど、"The Searcher"という原題にはもっと広い意味があると思う。主人公は新しい人生を探し求めてアイルランドに来たわけだし、失踪した青年もより良い人生を求めていたと言えるし、多くの登場人物が満たされない思いを抱え何かを求めている。タイトルも内容もかなり深くて、タナ・フレンチって凄い作家だなと改めて思った。まあこの作品は私の好みとは少し違うけど・・。