2019年のGoodreads Choice Awards ロマンス部門の受賞作。原書がすごい評判の話題作で面白そうだけど、ゲイのロマンスだから翻訳が出る見込みは薄いと思っていたので、二見が文庫で出してくれたのは嬉しい驚きだった。軽めのラブコメだと思っていたけど、読んでみたらロマンスだけではなく家族ドラマに政治やら社会問題やら色んな要素の詰まったエンタメ小説という感じで、ロマンス小説という枠には収まりきらない作品だと思う。本文にメールのやりとりやSNSの投稿なんかを多用した読みやすい文体の楽しいラブコメでありながら、社会風刺的な内容も織り込まれていて読み応えがある。
ロマンスに関しては、アメリカの大統領の息子とイギリスの王子という超セレブカップルだから、庶民とはかけ離れた世界の話であまり共感できないんじゃないかと懸念したけれど、キャラクターの造形が素晴らしく、セクシュアリティに悩む若者の葛藤がとてもリアルで、ゲイのロマンスに特別興味のない私のような読者でも話に引き込まれた。主役の2人がとても魅力的で、恋に落ちて悩みながら成長していく姿が感動的に描かれているから、困難だらけの2人の恋を応援せずにいられない。2人のメールのやりとりは読んでいてとても楽しかった。ユーモラスだけど短い言葉の中に気持ちが込められていてロマンティックだし、的を射た引用にはセンスが感じられる。メールの文章だけでも、ヘンリー王子の繊細さ、アレックスの少年ぽい魅力がちゃんと伝わってくる。ゲイのカップルでもロマンスは普遍的で、相手を想う熱い気持ちには誰もが胸を打たれると思う。
ロマンスが素敵なのは確かだけど、読む前に思っていたよりも政治関係のエピソードが多く含まれていて、アレックスの母親がアメリカ初の女性大統領だということや、その他諸々の設定から、この作者のアメリカ社会はこうあるべきという主張が伝わってきた。脇役も個性派揃いで人種や色んな面でバラエティに富んでいる。アレックスの姉が弟を思いやる姉弟愛には胸を打たれるし、ヘンリー王子の父親が007のボンド俳優だというのも面白い。脇役の細かいところまで本当によく考えられていて感心する。
ゲイのロマンスに、大統領選に絡めて色んな社会問題を盛り込んだ中身の濃いストーリーで、アメリカで大ヒットしたのも納得だけど、これが日本でそこまで受けるかと言うと判断が難しいかも。アメリカ人は基本的に老若男女問わず政治の話が好きで、大統領選ともなるとお祭り騒ぎみたいになるから、こういう話に大いに共感できると思うけど、日本人だとアメリカの政治の話には一歩引いた感じになってしまうかもしれない。この作者は当然、民主党支持者なんだろうけど、物語の終盤で選挙戦が佳境に入ってきた時には、民主党のPR小説(?)みたいになってて笑った。この作品は2019年にアメリカでベストセラーになっているけど、多くの人がトランプ政権に不満を抱いている時に発売されたこともあって、共感する人が多かったんじゃないかと思う。LGBTの人の多くは民主党支持だろうし。
私は政治の話も嫌いじゃないので面白く読んだけど、選挙関連の部分はさらっと流してロマンスに集中して読んでも十分楽しめると思うので、アメリカ政治にあまり関心がなくても読む価値はあるんじゃないかな。作者本人もバイセクシュアルであることを公表しているとのことで、若いリベラルな作家による、政治批判が込められたゲイカップルのラブコメという斬新な発想のこの小説には、古典的なロマンスとは違う独特の面白さがあると思う。
prime videoで映画を見たので追記。
小説は、作家の政治的な主張が強めでやや癖のある内容だったけれど、映画は万人受けする楽しいラブコメになっていてとても良かったと思う。LGBT系の映画は悲劇的な話が多いので、こういう明るくハッピーなストーリーは意外と少ないのでは?評判も良いみたいだし、これは映画化大成功だわね。ゲイのロマンスではハリー・スタイルズの「僕の巡査」(原作小説も翻訳が出ているけど未読)も見たけどそちらはいまひとつだった。H・スタイルズはアイドルグループ出身にしては俳優業も頑張っているけど、こういう難しい役を演じるにはまだ実力不足という印象。「パワー・オブ・ザ・ドッグ」のB・カンバーバッチなんかと比べるとまだまだという感じで、あまりパッとしない映画だった。H・スタイルズは「ドント・ウォーリー・ダーリン」も見たけどイマイチだったな。
赤と白とロイヤルブルー (二見文庫 ザ・ミステリ・コレクション)
- 作者:ケイシー・マクイストン
- 発売日: 2021/01/21
- メディア: 文庫