ヒストリカル・ロマンスで久しぶりに実力のある新人作家が現れたわね。デビュー作がこれだけ面白ければかなり期待が持てるんじゃないかしら。
2年前に形だけの結婚をしたヒロインは、妹を社交界にデビューさせるために田舎からロンドンに出てきて、結婚式以来顔も合わせていなかった夫と再会し、成り行きで彼の家に同居することになり、お互いの人柄を知るにつれ惹かれあっていく・・・というストーリー。
典型的な便宜結婚ものだけど、キャラクターの書き方がとても細やかで、人間性の内面に深く切り込んでいると思う。2人が少しずつ関係を深めていく過程が丁寧に書かれているから説得力があるし、セリフの書き方が上手くてキャラクターが活き活きしている。ちょっとした言葉のやりとりの中にも深いものがあり、なかなか刺さるセリフを書く作家だなと思った。ヒストリカルは設定上制約が多く、ストーリーで差別化するのが難しいから、同じテーマをいかに面白く書くかが作家の腕の見せ所だと思うけど、この作者は、定番の便宜結婚という素材を新人らしからぬ上手さで深みのあるロマンスに仕上げていたと思う。
不幸な境遇のせいで、妻と家庭を築くつもりはなく仕事に没頭している実業家のヒーローは、ヒロインを田舎の屋敷に置き去りにし、連絡も自分でせず秘書を通している嫌な夫だけど、不躾な態度の裏に傷ついた心が垣間見られる複雑なキャラクターで、そんな繊細さが母性本能をくすぐるタイプだった。ヒロインは貴族の令嬢だけど、兄と父親が亡くなり、女だけになってしまった家族のために一家を切り盛りしていて、重い責任を負っているのに悲劇のヒロインぶったところがなくて好感が持てる。レディらしく礼儀正しい態度で感情を隠しているのがいじらしく、つい肩入れしたくなるキャラクターだった。正反対の二人がお互いに文句を言い合うユーモラスなやりとりが楽しく、大事件ではないけれど、ちょっとした問題が次々と起きるので長さを感じさせない。重すぎないストーリーで読みやすく、軽妙だけど心の機微を繊細に捉えたロマンスが良かった。(ちょっと褒めすぎか。)
- 作者:ミーア・ヴィンシー
- 出版社/メーカー: 扶桑社
- 発売日: 2020/02/02
- メディア: 文庫